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四国遍路日記 第1期 前夜
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四国遍路日記 第1期 前夜 2001年10月7日(日)


 なんだかよくわからないままに、まさに流れるままに、この旅をスタートした。2001年10月7日(日)〜17日(水)まで、正味9日、行きと帰りを含めると11日間にもなる旅だった。「旅」という言葉を使うことはやや恥ずかしくあるのだが、どう考えても「旅行」ではない。

 こんなに連続した休みがあるのか、という疑問があるかもしれない。確かに僕も仕事をしていながら(していない休みは過去経験していたが)、こんなに長く休みを取ったのは初めてだった。本来取れる夏休みをこの秋に移動して、やっと取った長期の休みだった。

 自分がどのくらい歩けるのかは全くわかっていなかった。全てが行き当たりばったり。よって、行く前の段階で、どこまで行けるかなどはほとんど考えてもいなかった。


 仕事が終わってから急いで部屋へと帰る。いよいよ出発の時がやってきた。着替えて荷物を持って部屋を出る。しかし、このときになってもまだ自分が四国へ行く、歩き遍路をやるという実感はなかった。1万円のバスのチケットは買ってしまったけど、これを諦めれば四国まで行くことなくこの休みを寝て過ごすことができる。ちょっとばかり暇を持て余すことになるかもしれないが。

 僕の住む街の駅からこの長距離バスの出る浜松町へは大江戸線一本で行くことができる。日曜の夜の地下鉄の車内は空いていた。座席に座り、友人のメールのコピーを読む。  実は僕は四国遍路なるものをほとんど知らなかった。それが春にメールフレンドが四国へ出かけ、八十八箇所を歩いてまわったのであった。それから僕は少しずつこの四国お遍路というものを意識するようになった。

 実際に行くかどうかは出発の数日前まで決めかねていた。メールフレンドに「行くかもしれない」というメールを送ってから、わからないことを聞いたりいくつかのやり取りをしていた。

 4、5日前、インターネットで四国行きのバスを調べた。バス会社に電話をすると席が2つ空いているという。もう少し遅れたらバスの予約は取れなかったかもしれない。バス以外の交通手段は金銭的な面からあまり考えてはいなかった。予約番号をもらい、1万円とチケットを交換したのが2日前。やっと気持ちを四国に持っていこうとしたところだった。

 メールのコピーには、その当日自分も不安だったということが書かれてあった。不安で不安で帰ろうかと思ったと。何度も僕は読み返した。

 そしてしばらくして、文庫本を開いて読み始めた。藤沢周平の『驟り雨』(新潮文庫)である。何か本を持って行こうとは思っていたのだが、その選択にはけっこう悩んだ。全くの新しい本を持っていって面白くなかったならば、ただの荷物で終わってしまう。疲れているときに、ふと読めることができる、最後まで読み切ったとしても飽きることなく繰り返し読むことができる本。

 今回の旅のスタートであるこの地下鉄大江戸線の中でこの本を読み始めて、最高の本だと確信することができた。自分と主人公とを少しばかりダブらせて読み進める。

 21時過ぎくらいに地下鉄大江戸線大門(浜松町)に着く。どこからバス乗り場に行くのかわからずウロウロしてしまう。前にこの場所に来たのはJRなので、まったくわからなかった。貿易センタービルにたどり着き、バス乗り場を先にチェックして、それから貿易センタービル地下1階にあるレストラン街で食事をすることに。

 何を食べるか少しばかり悩む。こういうレストランは食べてもなかなか満腹にならなかったりというイメージが強い。バスに乗ったら朝まで何も食べられないのである。トンカツなどはちょっと脂っこく緊張気味の今の胃袋には入りそうもない。いろいろ悩んだ末、「SEITO&AOSHIMA」というステーキなどをメインとしたお店へ。メニューを見ながらも何を食べようかけっこう悩む。セットメニューになっている「神戸メンチ」を注文する。方角的に神戸は近いほうになるかな、と思ったのである。後からよくよく考えてみると、この日の深夜バスは神戸を通ることになるのであった。

 店内はけっこう空いている。すぐ隣のテーブルでは若いカップルが甘く語り合っている。男性は1.5倍ハンバーグとライス、女性はビーフシチューを食べている。女の声は舌ったらずで子供っぽいが可愛かった。まあ、出発前に目に入った光景である。

 神戸メンチを食べながら四国遍路について考える。僕のようにこの旅をする人はどのくらいいるのだろうか。例えば、高校の同級生で四国遍路の旅を行った人はいるのだろうか。店内の周りの人々を見渡す。やはり深夜バスで旅立つ前に腹ごしらえをしているのだろうか。旅と言えば東北出身の僕としてはどうしても上野駅というイメージがあるが、この浜松町は上野駅とはまた違った風情があるのかもしれない。船旅の最寄り駅でもあり、羽田へのモノレール始発駅、そして長距離バスのターミナルがあるのだ。

 神戸メンチを食べ終わり、ノートを開き今の気持ちを書いてみる。今回の旅のためにノートをつくった。できるだけいろいろなことを書いていきたいと思っている。

 バス乗り場へと向う。生活彩家でペットボトルのお茶を買う。バスの中で咽喉が渇くかもしれないからだ。いろいろなことを考える。

 バスターミナルのフロア−は独特の雰囲気があった。例えば、池袋にも長距離バスの乗り場があるが、比べるとこの浜松町の方がずっと年齢層が高いように思えた。ただ単に値段が安いというだけでなく、1本で行くことができるというメリットも関係しているのかもしれない。徳島に行くには鉄道を使うというイメージはないのだろう。一応線路は繋がっているが、高松の方からぐるりと戻ることになり現実的ではない。飛行機という方法はあるが、やはりこれだと金額が大きくなってしまう。

 待っている人の顔を見て、待ち時間を過ごした。本を読んでいる人というのはほとんどいなかったようにも思う。多くの人は携帯電話を見ている。少しはお遍路さんらしき人がいるのかと思っていたが、全く見当たらなかった。ディズニーランドの袋を持っている人はいっぱいいたのだが。

 バスは2台あった。座席は3列になっていて、奥行きの方が10列くらいあっただろうか。僕の席は[6-C]で、なんとここはトイレの前だった。窓側でまあよかったと思ったのだが、隣の席と比べると足を真っ直ぐに伸ばせないような雰囲気。まあ、伸ばすことはできるのだけど、僕の足が長いのか(笑)真っ直ぐにはならない。トイレ付きのバスというのは後ろにトイレがあるものだとばかり思っていたのだが、真ん中に半地下のような形であった。よい人生勉強になった。3列シートに乗ったのも初めてなのだけど、広くはあるが通路は狭く、ちょっと変な感じだ。

 バスは走り出す。ついに走り出してしまった。六本木の景色が目に入ってくる。しばらくしてテレビでこのバスについての案内が流れる。そして、その後カーテンで窓を閉めてくださいとのこと。以前、別の会社の深夜バスに乗ったことはあるけど、こんなことはなかった。運転席のところにもカーテンが掛かり、車内から外は全く見えない状態となる。まだ、10時くらい。読書燈はあるけれど、雰囲気的に眠りに落ちなければならないよう。斜め前の席に座っている人の携帯電話の明かりが目に入り気になってしまう。

 このバスの中で僕はどのくらいの時間眠ったのだろうか。21時50分から朝の6時35分までの約8時間半くらいの間、4、5時間くらいは眠ることができたのだろうか。眠ろうとしても眠れない。眠れたとしてもいつの間にかまた目が醒めてしまう。外の景色を見ることはできない。明日の朝は歩けるのだろうか。不安になる。予定では7時40分に坂東という駅に着き、歩き続けることにしているのだ。


◎ 第1期 前夜:0キロ / 2001年10月7日(日)
◇ 移動:京急バス 浜松町21:50〜徳島駅前6:55 10000円
◇ 夕食 SEITO&AOSHIMA 神戸メンチ 997円


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