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四国遍路日記 第1期 7日目 2001年10月14日(日)


 この日の朝はいつもよりも早く始まったように思う。人数的に多かったこと。そして、この日の歩く距離がかなりあったことがある。目指すのは第23番の薬王寺になる。途中には宿がなく、嫌でも歩かなければならない。30キロはあるだろうか。足の疲労はかなりある。正直なところどのくらい歩けるかは自信がなかった。

 いつものように美味しく朝食を食べる。僕のそれから出発までの準備はいつものように遅かった。もうすでに出発した人も何人かいた。最後の数人になったのだろうか。TさんとHさんと一緒に宿の前にいた。Hさんのカメラで、宿のご主人も含めて何度も写真を取った。名残惜しい旅立ちだった。

 一緒にスタートしても、速く歩く人は先に行き、ゆっくりの人は後になる。自然にばらける。車の通る道は終わり、山道に入る。人が歩くだけの狭い道である。まだ朝は早く、気持ちよく歩くことができた。周りの景色もきれいだと感じる。これが午後の疲れがピークに達している頃になると、こんなに余裕を持って感じることはできないのだが。特に、この辺りの山がよかったのは竹林であった。山道の斜面が全て竹で覆われている。こんな風景を見ること事態がはじめてのことで、しかも、四方が山の中で自分ひとりしかいない。ときどき立ち止まり、深呼吸をした。たぶん、前方の数分の場所と、後方の数分の場所には誰かが歩いているのだろう。でも、ひとりでこの景色の中にいることはとても心地よかった。

 そしてなによりも、この山道は急なところがなく楽だったのがとてもよかった。どうしても山道というのは、地図には載っていない辛さがある。足は疲れて思うように動かなくなっていたので、不安な気持ちというのもあった。

 けっこう楽にこの山道を終える。田畑が見える。これからしばらくはこの田畑の中の道路を歩くのだろう。そうしたときだった。例えば交通安全週間などで道路の脇にテントを張っていることがあるが、そのような雰囲気に見えた。テントはなかったのだけど、7、8人くらいの人がいただろうか。通り過ぎようとすると、Rさんに「休んでいこうよ」と声を掛けられた。そう、この場所はお接待の場所だった。会議室なんかにあるようなテーブルの上には、おにぎりが何個も並んでいる。みかんにお菓子もあった。お茶があり、この地元のおばさんの温かな声があった。休みの日ということで、この場所で接待をしているのだという。ひとりではない、何人もが、たくさんのおにぎりなどを用意して、待ち受けてくれていたのである。正直なところ信じられなかった。ただただ、歩いている人に、お茶やおにぎりを接待するために用意して集まってくれているのだ。

 歩いている僕はといえば、何か大それた理由があって歩いているわけではない。申し訳ないような気持ちでいっぱいだった。でも、宿でもよく話題になったのだが、こうしたお接待を気持ちよく受け取るのが礼儀である。おにぎりとみかんと、お菓子ももらった。ひとつふたつ食べたが朝食からはまだそんなに時間が経っているわけではない。あとはお昼ご飯に、後で食べることにする。

 このおばさん達は何年もこのようにお接待をしていたようだった。若いお嫁さんのような人もいる。こうした場所があるというそのことだけでこの四国へ、歩き遍路の旅をしてよかったと僕は思った。

 後から歩いてきた人が来たところで、僕はこの場所を去る。歩くことが僕に出来ることでもある。少し歩くと、買い物用のカートを押して歩いているお婆さんに出会った。かなり腰は曲がり、歩くのも辛そうだった。でも、表情はとても明るかった。お接待の準備が手間取り、遅れてしまったのだという。僕はこの道で、お婆さんのお手製のおにぎりをいただいた。そして、ほんの少しではあったが話をした。お婆さんの顔はちゃんとお化粧がされていて、とても上品だった。この日の宿での話題はこのお婆さんのことで盛り上がった。Hさんは、将来こんなお婆さんになりたい、と言っていた。ほんとうに素敵なお婆さんだった。この場でひとつもらって食べたおむすびの味は忘れられないものだった。

 のどかな風景だった。歩いている地元の人ものどかだった。いい天気だった。

 第22番の平等寺に着く。にぎやかな雰囲気だった。Rさん、Fさん、Yさん、Tさん、Hさんなど、昨夜同じ宿で今日も一緒に泊まることになるメンバーと一緒になる。  このあと、何人かとしばらくは一緒に歩くのだが、しばらく経つと自然に一人一人となる。

 相変わらずのどかな風景が続く。田畑、ぽつりぽつりとある家、車はたまにしか通らない。ふとバス亭の名前が目に入る。「月夜下」という。この場所を昼間ではなく、夜暗くなったところで空を見上げながら歩いたならどんなにいいだろうか、などと思う。

 道は大きな国道、55号に入る。車はどんどん通る。家は少なく、山の景色を見ながら、車を見ながら歩くことになる。正直なところ、ここから第23番の薬王寺までが遠く大変だった。いくら歩いても景色は変わらない。トンネルは長く寂しい。食べるような店もない。

 途中で少しばかり国道から逸れて寄り道をしたことがあった。弥谷観音に行く曲がり角のようなところでひと休みしていると、地元の人が声をかけてくれて、「こっちを行ったほうがいいよ」と教えてくれたのだった。距離はほとんど同じかちょっと遠くなるかもしれない、という。でも、車はほとんど通らないし景色はいい、とのこと。迷ったりしないだろうかとちょっと不安はあったが、せっかくの好意で教えてもらったわけだからと、この寄り道コースを行くことにする。しかしちょっとばかり不安になって歩いてしまった。景色はよいのだが、全くの自分ひとりだし、歩けど歩けど国道へ合流しない。かなり疲れてしまっていたので、ここから戻ることはとても辛い。悲しい気持ちになりかけた頃に、車がどんどん走る音が聞こえてきて、ようやく国道55号のわかり易いルートへ出ることができた。

 歩く景色を取るか、おもしろくもないけれど安全な道を取るか、この旅の間中けっこう悩んでいたりした。どうも疲れてくると余裕もなくなり、少しでも速い近道の方を考えてしまったりしていたようだ。特にこの日の場合、5時までに宿に入らなければならない。宿坊の場合は大抵こうした時間の制約があった。しかも、5人で同じ部屋を予約しているので他の人に迷惑をかけられないな、という心配もあった。この日はかなりの距離があり、最後まで歩けるのかこの時点でもまた不安だった。

 道の途中にベンチがあり、お昼ご飯を食べる。お接待でもらった、おにぎりにみかんである。ほんとうに美味しかった。

 歩けど歩けど、景色は変わらない。かなり疲れてきた。ときどき休む。休むときは、道の途中でそのまま座り込む。途中でHさんと出会う。彼女の表情はとても楽しそうだ。泊まっているトラックの運ちゃんなんかとも話をしている。この日で終わる遍路の旅を、ほんの少しのことまでも、楽しんでいる。

 でも、楽しくないということもこの日は遭遇することもあった。犬が倒れていた。車に轢かれて血を流し、動くこともない状態だった。脇にはじっと見つめているおじさんがいた。この人はこの犬に毎日餌をあげにきていたらしかった。彼の口調は淡淡としていた。通りは相変わらず車がどんどん走り去っていた。おじさんは、犬を道端から離れたところに移動させる。Hさんは、タオルをその上に被せて手を合わせている。

 僕はまた歩き始めた。足はうまく動いてくれない。少しずつ市街地の景色に変わっていく。いくつかの宿が見え、食べ物やさんが見える。人のにぎわう大きな寺だという雰囲気がしてくる。

 ようやく、第23番薬王寺の入口のところまで辿り着いた。Fさんがいて、もうだいぶ前に着いているという表情だった。宿の場所を指差してくれる。僕は恥ずかしいくらい疲れた表情をしていただろう。実はこのあと、本堂まで辿り着くのが大変だった。けっこう急な階段がある。しかも、人はいっぱいいる。その上、この寺の階段には小銭が大量にばら撒かれていたのだ。踏んでしまって転んだら大変である。

 なんでもこの石段は、女厄坂、男厄坂と名づけられていて、賽銭を置きながら上っていくのが習わしとなっているのだという。「置きながら」というよりも「ばら撒きながら」といった感じの量だったように思う。厄除け祈願ということで、かなり有名だったとのこと。

 全く何も知らずに来ているのも恥ずかしいのだけど、これはこれで新しい発見のようなものであり、よしとしよう。とにかく、石段を上っていくのがもの凄く大変だったのだった。

 本堂の場所からは、少し遠くに海が見えた。とても嬉しい景色だった。

 宿は石段を降りて、すぐ隣にあるのだが、この石段を下りるのがまたまた大変だった。なにせ、足が思うように動いてくれないので、手摺りをつたわり、一歩一歩下りていった。

 宿坊というところに生まれて初めて泊まることになる。でも、宿坊というよりも、普通の観光ホテルのようなところだった。「薬王寺参籠所薬師会館」という名前なのだが、普通の宿と同じと言えば同じと言えるのだろうか。受付で名前を言うと、すぐにわかってもらえて、エレベーターで部屋のある階まで上っていく。部屋に入ると僕以外の人はすでにそれぞれの場所が決まりくつろいでいた。早く着いていた人が浴衣を持ってきてくれたり、お風呂や食事の時間を聞いてくれたりしてくれた。僕はといえば、年齢的には下の方で、まあ申し訳ないのだが、ぐったりと横になってしまっていた。

 お風呂に入る。気持ちがよかった。何人も一緒であまり落ち着かない雰囲気だったが、一緒に歩いた人と汗を流すということで、少しばかり特別なものがあったような。

 食事は、広いフロア(レストランにもなっていた)で椅子に座ってのものだった。宿坊というと、何か特別な料理が出てくるように思っていたが、まったく普通の食事だった。普通以上に美味しい食事だったかもしれない。Hさんの送別会ということで、わきあいあいと、ビールも何本か注文する。僕は勧められながらもちゃんと断り、この旅の間は禁酒を通した。

 食事が終わってから、みんなでHさんの部屋に遊びに行く。男5人の泊まった部屋と、彼女の部屋はほぼ同じ大きさである。それにしても、夜になってから女性の部屋に遊びに行くというのは修学旅行のようなノリであったような。夜といっても、まだ8時くらいなのだけど。この部屋の窓からは薬王寺の瑜祇塔(ゆぎとう)というきれいなライトアップされた建物がとてもよく見えた。一緒に写真を撮ったり話をして過ごした。

 たぶん、寝たのは9時くらいだっただろうか。今回の旅ではかなり遅い方の時間だった。


◎ 第1期 7日目:約28.1キロ / 2001年10月14日(日)
◆ 第22番 平等寺
◆ 第23番 薬王寺
◇ 昼食:お接待でもらったおにぎりとみかん
◇ 宿:薬王寺参籠所薬師会館





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