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四国遍路日記 第4期 前夜 東京駅八重洲口 JRドリーム高松・松山号
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四国遍路日記 第4期 前夜 2003年3月5日(水)


 最初に少しの断りを書かなければならない。この文章を書いたのは、2004年の4月から5月である。つまり第4期の四国遍路の旅から1年以上が経ってしまった。日記を書くこともなく、長い時間が過ぎてしまった。予定としては2003年の秋に第5期の最後の旅をする予定であった。スケジュールの調整をして、高野山までも行くつもりでいた。

 それが諸事情により不可能となり、四国からは遠く離れてしまった。

 そんな中でこの日記を書き出す。言い訳になるが、僕にとってこの四国遍路の日記を書くということは大変なことだ。たぶん、四国に行くことと同じなのかもしれない。思い切って四国に行きさえすれば、何とかなる。文章を書くということも、なかなかその思い切りが難しい。書き始めてしまえば、たとえ1年前でも記憶は蘇ってくる。もう一度、1年前の旅を、僕は頭の中で歩き始めることになる。


 四国への旅は回数を重ねるにつれて、新鮮さのようなものが薄れてしまっている。別の言い方をすれば、飽きてきていたりもしていたのかも。ぎりぎりまで特別な準備というものはしなかった。3回も区切りの歩き旅をやっていれば、多くの失敗がある。同じ失敗をしないように、万全の準備をすればいいものを、なんとも面倒な気持になってしまっていた。

 けれど、四国には行きたい。いや、こうした表現も正確ではないかもしれない。この第4期の旅で、半年ごとに四国遍路の旅を続けていることになる。ここまでくると、もう普通の定期的な行事ということでもある。東京で、毎日電車に乗って仕事に行く。人込みを抜けてビルの中で仕事をする。窓から空を見ようとしても、半分以上はビルしか見えない。多くの人と、したくもない話をする。嫌なことがあれば酒を飲む(そうでなくても飲んでいたが)。終電間際の満員電車はけっこう辛い。

 半年に一度、四国を歩くことが僕にとって大切なことになっていた。

 バスの予約をする。そこでようやく「行く」ということの決心をする。数日前になって持ち物のリストを手帖に書き始める。所有しているものだけではなく、新しく購入するものもあった。「リュック購入」「読む文庫本」「靴紐」「携帯電話」「最初の3日間のコース」と手帖の最初に書いた。

 リュックというのは、少しいいものを前から買いたいと思っていたのだ。これまで使っていたのは、西友で買ったほんとうに安価なものだった。何でもいいと言えば何でもいいのだけど、背中の当り具合、ペットボトルなどの取り出し安さ、軽さ、丈夫さということなど、やはりより良いものの方がいい。これまで出会った歩き遍路の人のリュックは様様だ。ほんとうに、普通のリュックを持っている人もいれば、本格的な山歩き用のものを持っている人もいた。ただ、大きなリュックで量が入るということはあまり意味をなさない。重くてもどうしようもないからだ。普通でいいのだけど、丈夫でちょっとした使い安さということでリュックを探した。それと四国を歩く以外の目的というものもあった。四国遍路以外でも当然リュックは使うわけで、その時にパソコンを入れたいと思ったのだ。ただ、探してみるとこれは難しいものだった。

 池袋の東急ハンズと、東武デパートのスポーツ関係のリュック売り場を何度か往復した。前に使っていたリュックではサイドにペットボトルを入れるところが無かったので、まずはその部分があるということと、パソコンを入れるスペース(仕切りのようなもの、クッションになっていればなお良い)があるということを最優先にして探した。特に山の遍路道などでは汗を掻き、片手でひょいとペットボトルを取り出したくなるときが何度もある。ペットボトル用に肩掛けホルダーを持って行ったこともあったが、その部分に重さを感じることになるというとこと、リュックを取るときに面倒だったりと、あまり良くはなかった。

 しかし、この2つの条件を満たしてくれるというのはなかなか無かった。東武デパートのスポーツ関係のところで、店に人に相談してみた。歩くという目的、探している条件などを言うと、けっこうアドバイスしてくれた。この日はここにはないが、翌日にはいくつかのモデルが入荷することになっていて、その中には該当するものがあるという。その通りに、翌日にリュックを購入した。持っている人はけっこう多いみたいだが、「THE NORTH FACE」のリュックである。これは今も日常生活で使っているが、機能的で丈夫で、とても使いやすい。もちろん、四国遍路の旅でも十分な活躍をしてくれた。

 読む文庫本のセレクトというのも実は重要なことだ。前回は夏目漱石の文庫を持っていったが、結局読まなかった。できれば重くならないように1冊がいい。読み終わったならば、また繰り返し読めるような深みのある本でありたい。理想としては、まだ読んでない本がいい。けれど、まだ読んでいない本というのは、当然読み始めたら面白くなかったということもある。本が無いというのも寂しい。1冊の本を読み、その本と一緒に歩きたかった。四国遍路の旅は同行二人なのではあるが、本も入れて同行三人というのが、僕の考える旅なのであった。

 決めたのは確か出発の前日くらいだった。藤沢周平の『海鳴り』(文春文庫)の上下巻を持っていくことにした。2冊にはなるが、そんなに厚い本でもないので、かえって2冊に別れていた方が1冊が薄く取り出しやすいかもしれないと思った。藤沢周平の本は前にも持って行ったことがある。読み返しになるが、読むほどに深みがある。特にこの『海鳴り』という本は、生きるということを考える上で重要な物語のように思えていた。最後の場面では旅に出る。主人公と共に、歩くということをしてみたかった。

 靴紐は履いていた靴紐が切れそうだったことにある。しかし購入というとけっこう難しい。当然最初とは色が違う。そして何よりも問題はその長さ。最初から最後まで靴紐を通すのではなく、一番下の部分(最初に紐を通すところ)は空けることにしている。その方が靴の中で若干足が楽になるようなのだ。ただ、その分靴紐が長くなり若干余ってしまうことになる。何度も靴の脱いだり履いたりするわけで、ちょうどぴったりした長さの靴紐がいいというわけだ。大した話ではないかもいれないが、出発前数日はこの靴紐のことが気になって何本か買って試していたりしていた。

 携帯電話というのは、この旅の数日前に購入することとなった。それまではPHSを使っていたのだが、四国では電波の入らないところが多く、かなり辛い。東京であれば、PHSで十分なのだが思い切って携帯電話に変えることにしたのだ。ただ、僕はこうした機械類が苦手な方である。一応最低限の使い方は覚えようと思ったが、不安のままに出発することとなった。

 最初の3日間のコースというのは、あまりちゃんと考えていなかった。最初の夜は、ほぼ大洲という町になりそうでここはいくつのも宿があり、ビジネスホテルという名前もあったの事前に予約することもなかった。2日目も歩く距離を考えていくと、大よそ決まってしまう。一軒しか宿がないということであれば、ちゃんとした予約するなりの準備が必要だが、とにかく行ってから決めることにする。

 前回の旅から約半年、特別な運動ということをいているわけではなかった。つまり、初日に自分の足の状態というものを確認しなくては、どのくらいの距離を歩けるかもわからない。そういう意味でも、まずは1日、2日と歩きながら、自分の足と確認しながらコースを考えることにした。

 他にも持っていくもののリストというものをしっかりと書いた。ガイドブックにもそうしたリストはあるが、あくまでも自分専用のものだ。下着の枚数や、メガネ拭き、5円玉なんてものまでリストに書いた。こうしたことは前回までは書くことがなかった。リストなど無くても気持の高ぶりがあり問題はなかった。今回こうしたリストをつくろうと思ったのは、一度つくってしまえば、これから先にかなり便利になると思ったのだ。例えば、「明日四国に行こう」と思うときがあるかもしれない。そのときにリストを見てすぐ準備して出発なんてこともできるはず。

 しかし、持ち物のチェックはしたのに、今回の旅は大きな失敗をすることとなった。

 今回の旅は、愛媛県東宇和郡宇和町にある第43番明石寺から始まる。近くのJR卯之町駅まで行かなければならない。夜行バスでまずは松山まで行き、そこからJRで卯之町駅まで行くことにする。

 夜行バスでの東京から松山までのルートは2つのバスがあった。ひとつは新宿駅から出発するオレンジライナーというもの。当日の僕は仕事が終わってからの出発だったので、19時10分の出発時間というのはやや早すぎ。もうひとつのドリーム高松・松山号というJRバスに乗ることにしていた。20時20分の東京駅八重洲口が出発となる。ちなみに、前回の第3期の旅では、この同じバスに松山から東京まで乗ってきた。2階建で、けっこう最新のバスだったように覚えていた。

 夕方の6時15分くらいに部屋を出発。地下鉄とJRと乗り東京駅に。毎回そうなのだが、少し恥ずかしいというか不思議な感覚だったりしている。電車の中での多くの人は仕事帰り。僕は白衣を着ているわけではないし、金剛杖も袋に入れているけれど、気持はスーツ姿ではない。サラリーマン同士が仕事の話をしているのに、違和感を覚えてしまったりする。

 東京駅での夕食は札幌ラーメンを食べることにする。八重洲の地下食堂街をぶらぶら歩いていたら、なぜか味噌ラーメンが食べたくなったのだ。これからの数日間は、たぶんこうしたものは食べない。もちろん、お昼ご飯とかにラーメンを食べてもいいのだけど、何か雰囲気が違うような気がする。俗世との別れというほどでもないが、ずるずるとあたたかな味噌ラーメンを食べたい気分だった。

 実はもうひとつ理由があった。少しばかり寒かったのだ。今回の持ち物の失敗は、寒さ対策だった。僕は半袖のポロシャツを着ていた。その上にウインドブレーカーである。3月という季節なので、どう考えても寒いのだが。

 僕の中では「四国の3月は暖かい」という印象が強くあった。前の年の3月にも僕は四国を旅していたのだが、そのときは本当に暖かだったのだ。長袖のシャツをいつも腕まくりして歩いていた。そのため、ヘンな位置で日焼けの跡ができてしまい、東京に帰ってきてからもなかなか消えないその日焼け跡を庇うために、腕まくりをずっと我慢していた。しかし、この日焼けをしたときの四国というのは、高知県を歩いたときであり、同じ四国でも実は全く気候が違うのであった。

 味噌ラーメンはあまり美味しくはなかった。でも、こういうところが東京らしさかもしれない、などと思う冷静な自分がいた。NEWDAYSという駅のコンビニで、おにぎり2個(キノコオコワとジカマキサケワカメ)と爽健美茶を購入する。ラーメンだけの夕食ではあとで腹が減ってしまうと思ったので、食べ物を買っておこうと思ったのだ。

 この八重洲口のバス乗り場は活気がある。あちこちに向かう夜行バスが次から次へと出発していて、とてもせわしない。出発時間が近くなるにつれ、間違えないように身構えてしまった。ひとり金剛杖を持った人を見かける。リュックなどの様子から見て、四国遍路に行く人なのだろう。

 菅笠、金剛杖、それと文庫本、ガイドブック、おにぎりなど必要なものだけを手にし、バスへと乗り込む。リュックはバスのトランクに入れてもらう。バスは3Aという席だった。前から3番目、左側である。しかし、この左側というのはちょっとばかり面倒な列だった。通常の夜行バスは3列になっている。狭い通路が2つあることになる。ひとつの通路はメインとなるものだが、もうひとつの通路というのは、サブというかメインに通り抜けの出来ない通路だったりする。席がひとつ空席となってその場所を通ってメインの通路に行けるようにだいたいなっているのだけど、夜中はこの席の前後がリクライニングされた常態、おまけにけっこう暗いわけで、ここを通るのはかなり面倒。夜中にトイレに行くのに面倒な、あまりいい席ではなかった。ちなみに、このバスは2階建なのだが、1階にトイレと、女性専用の席がある。実際にその席を見ていないけど、そのようだった。けれど、2階にも女性客は乗っていてどんな風に1階になるのかは少し疑問がった。まあ、男の僕としては関係のない話だが。

 東京から乗るのは4回目となる夜行バス。その窓から見える東京の景色にも慣れてきた。六本木のあたりの首都高速を走っていると、ビルで仕事をしている人なんかが見えてしまい、ああ東京なんだなぁ、と感じてしまう。

 別の会社の夜行バスではかなり早い時間からカーテンを閉めてしまうようなところもあった。しかし、このJRバスはけっこうゆっくりしている。僕は文庫本を読み始める。まだ夜の9時にもなっていない。この時点で寝てしまったならば、夜中に起きて眠れない状態になってしまうのは眼に見えている。できるだけ遅くまで起きていて、朝までぐっすりと眠りたかった。過去の夜行バスでは、ちゃんと眠ることができなかった。今度こそ、ちゃんと睡眠を取りたいと思っていたのだが。

 今回の夜行バスにはちょっとばかり思い入れのようなものがあった。村上春樹の『海辺のカフカ』(新潮社)という小説で、15歳の主人公が夜行バスに乗って高松に行くという場面がある。それがこのバスなのかはわからない。15歳の2倍をかるく超えた年齢になってしまったけれど(笑)、気持は15歳でこの『海辺のカフカ』のことをときどき考え、外の夜景を眺めていたりもした。おにぎりはひとつだけ食べた。

 22時過ぎ、富士川サービスエリアというところで少し休憩となる。10分ほどだが、バスを降りトイレに行った。

 この後、バスのカーテンを閉めてくださいというアナウンスがあり、バスは真っ暗の空間となる。中には読書灯で勉強をしている人もいるようだった。けれど、読書灯はそんなに明るいわけでもなく、どう考えても本を読むのは辛い。僕の斜め前の女性はウォークマンをして、ずっと携帯電話でメールを打っているようだった。

 この暗い空間はどこへ向かうのだろうか、と思ってしまう。実は高速道路ではなく宇宙をさまよっているのではないか、なんて。カーテンはしっかりと閉じられていて、外の景色は見えない。ほんとうに閉ざされた空間なのだ。

 僕は眠ることにする。少しは眠くなっていた。けれど、当然のように、途中で眼を覚ますことになる。暑かったり、寒かったり、背中が痛かったり、何度も身体の姿勢を変えたりする。一度、かなり苦労して1階のトイレに行った。何時なのか特に確認することはなかったが、ひとり参考書を読んでいる人がいた。眼を閉じて、朝までの時間をただひたすら待った。眠りに落ちたのか、ただ眼を閉じていただけなのか、自分でも良くわからない。


◎ 第4期 前夜:0キロ / 2003年3月5日(水)
◇ 自宅から東京駅まで(地下鉄370円、JR130円)
◇ JRドリーム高松・松山号(東京駅八重洲口〜松山駅前)


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