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WEBマガジン VOL.072  出逢いと別れと/初めからはわからない/暮らしの哲学 池田晶子/達磨大師と禅宗
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WEBマガジン VOL.072        2008.08.18



< 目次 > WEBマガジン VOL.072   2008.08.18
◆ 羽柴梨歌 【PRESENT −いまここのあなたへ−(10)】 出逢いと別れと
◆ 田中 聡 JCDA認定 CDA(キャリア・デベロップメント・アドバイザー)
         「日々のネジマキ」 File No,7【初めからはわからない】 
◆ 安藤利貞 スキーとオートバイを愛するアウトドア派人間の読書日記(4)
        暮らしの哲学 池田晶子著
◆ 織田信吾   華やかな中国気功の世界(第3回)『達磨大師と禅宗』
    嵩山少林寺認定気功師師範、NPO法人日本少林寺武術気功連盟監事



羽柴梨歌 【PRESENT −いまここのあなたへ−(10)】 出逢いと別れと


速読のイメージ  ここ最近、たくさんの出逢いに恵まれている。そして同時に、いくつかのさよ ならにも。誰かとの物理的距離が遠くなるときに感じる、あの切なさ、宙に浮い たような感覚。そういう心許なさを感じるたびに、あぁ、知らず知らずのうちに、 自分は相手に依存してきたのだな、と思う。

 数年前、海外のとあるチベット民族の居住区を旅していたときのこと。親しく なった外国人の友人が、その地を去ることになった。バス停で見送りながら、 「I will miss you.」と言ったら、「missだなんて言わないで。何かをmissするっ てことは、今を感じていないということだよ。いつでも、今を生きればいいんだ。」 と、返された。「なんで? あなたとさよならするのが悲しいから、そう言った んだよ。自然な感情だよ。」寂しさからくる不満にまかせて、私は友人に言葉を ぶつけた。

 あのときは分からなかった友人の言葉の意味、今は分かるような気がする。 missという単語の中にある、「何かを欠く」という意味。それは、「何かが足り ない」という思いであり、「今ここ」を享受できていないということにほかなら ない。「miss」を感じているときは、足りない何かを探して心が未来や過去に馳 せられ、「今」に立っていないということなのだから。

 I will miss you. と、友人に言ったあの時と同じように、私は今でもやっぱ り誰かとさよならするときには寂しさを感じる。感情はコントロールし切れてい ないけれど、私は誰かを見送るとき、「I will miss you.」ではなく、「See you again!」と言うようになった。ありがとう。また会うときまで、元気でね。 そういう思いを込めて。

 今足りないものにフォーカスするのではなく、今あるものに感謝しよう。人と の出逢いにも感謝して、ひとつひとつを大切にしよう。訪れるたくさんの出逢い に、さよならがあるのだと考えると、やっぱり切ない気持ちが湧き出てしまうけ れど、そのときは、その感情も「今」を構成するものなのだと、抱きしめてあげ よう。いつか別れが訪れるかもしれないからこそ、出逢いはより貴重なものにな る。あなたとの出逢いに、感謝します。ありがとう。


 羽柴梨歌  心理職ライター ブログやってます。よろしくお願いします。 
          http://mymery.blog.so-net.ne.jp/



田中 聡 JCDA認定 CDA(キャリア・デベロップメント・アドバイザー)
       「日々のネジマキ」 File No,7【初めからはわからない】


 前回、人は言葉以外の「しぐさ」や「雰囲気」をとても敏感に感じ取っている ので、「聴いている振り」と言うのはすぐに分かってしまうという話をさせてい ただきました。


 ところで、話を聴いてもらいたいと感じている人にとって、つらい事とはなん でしょう?
 
 個々人の価値観によっても様々あると思いますが、その中の一つとして「無視 される事」と言うのも考えられるのではないでしょうか?
 
速読のイメージ  「話してみたけれど、聴いてもらえない。」

 「話しかけたけれど、相手にされない。」

 「話していたけれど、途中から聴いてくれていない。」

 これらは日常生活の中で経験している事があると思います。
 話し手としては、これほどつらい事は無いでしょう。

 こういう状況だった時の自分の気持ちを思い出してみてください。決して「楽 しい」とか「うれしい」といった明るい気持ちではなかったはずです。むしろ、 「さみしい」とか「つらい」と言った暗い印象の気持ちではなかったかと思いま す。

 話を最後まで聴いてもらえなかった「さみしい」とか「つらい」と言った気持 ちは積み重なり、ひどい状態になると精神面にも影響を及ぼす事につながったり、 最近注目されているメンタルヘルス面でのケアが必要になる事さえあります。

 聴き手の意図しない行為が、話し手にとっては思わぬ影響を及ぼす事があるの です。


 前回「関心がある」姿勢とは、「相手が何を思っているのか」、「何を感じて いるのか」、と言った内容と向き合うと言うことだと書かせていただきました。

 これは、「話し手の人間性を感じ取る」と言う事につながると思います。

 例えば、Aさんが道端で一本の花を見た事ををBさんに楽しそうに話していた とします。しかしBさん自身は「花」にはさほど興味が無く、Aさんの話す花の 様子などにはどうしても興味・関心を示す事ができません。仮に、Aさんに花の ことを「どう思う?」と聞かれても大した返事は出来そうに無い事は容易に想像 できます。

 しかし、Bさんの「聴く」対象を「花」から「Aさんがどう感じたか」に切り 替えるとどうでしょう?

 一本の花の事を楽しそうに話すAさん。Aさんの優しさや繊細さなどを感じ取 る事が出来ます。もしかしたら、Aさんは自宅でも花を育てているのかもしれま せん。次第にAさんの話す花の魅力に興味・関心が沸いてくると言う事があるか もしれません。

 つまり「なんだ花の話か」と思いながら聴くのと、「Aさんはどう思ったんだ ろう」と思いながら聴くのとでは、同じ話題に関して話していても内容が全く変 わってくると言えます。


 誰かとの会話の中で「相手に関心を持つ」ためには、仮に話題になっている話 が自分にとって興味・関心の無いものであっても「この人はどう思っているんだ ろう?」と言う姿勢を崩さない事です。

 そして今までお話してきた様に、話し手の考えを否定しない事です。

 話し手の考えが、どうしても受け入れられない時は、「自分はこう思う」と言 う事を伝えるようにしましょう。相手を否定し、価値観を受け入れない事と自分 の考えとの相違を話すのとは全く別の事です。

 また、いくつもの話が同時進行する様な場合でもそうです。
 この時の話し手としては比較的女性が多く、朝からの出来事を話しているかと 思うと途中で全く違う話題になったり、かと思うとまた最初の話題に戻っていた りします。
 余談ですがこれは、右脳と左脳をつなぐパイプが男性に比べ女性の方が太く出 来ているために、脳内で同時にいくつもの話を処理するのは女性の方が得意な人 が多いのだそうです。

 こういう時でも「わからない」とか聞く気のない仕草はダメです。話がたくさ んありすぎて分からなかった時は「いろいろあるんだね」の一言でも良いのです。 これだけでも話し手としては「聞いてくれた」という充足感があると言われてい ます。


 まずは、話し手その人自身が「どんな人なんだろう」と言う事を考えながら話 しを聴いてみてはどうでしょうか?

 「傾聴しなくちゃ」「何か返事をしなきゃ」と考え込まずに、「まずは相手の 話を全部聞く」くらいの感じでも良いと思います。もっと言えばいつも話をする 人たちに「話しを聞くのって大事な事だって聞いたから、これからやってみよう と思う」と話しながら話をしたり、話を聞いたりするのも良いかも知れません。

 難しく考えて型にはまってしまうよりも、
 まずは「やってみる」事の方がずっと大切だと僕は思います。

 あなたに話を聴いてもらいたい人は、たくさんいるはずです。


  田中 聡  JCDA認定 CDA(キャリア・デベロップメント・アドバイザー)



安藤利貞 スキーとオートバイを愛するアウトドア派人間の読書日記(4)
      暮らしの哲学 池田晶子著


 「自分とは何か」「死後は何処にあるか」などの哲学的な根源的疑問をわかり やすい言葉で語った哲学エッセイ集。
 池田晶子の名前は以前から聞いていたが、著書を手に取ることは無かった。が、 誰だか忘れたがある作家の「生きている間に一度会って話したかった。」という 言葉が頭のどこかに残っていて、本屋でふと手にとって、この本を読んでみた。

速読のイメージ  このエッセイは、サンデー毎日に2007年3月4日号まで連載されたものだ。  春夏秋冬・春と季節に分けられて、最後の春は1つのエッセイのみで終わって いる。
 死期を悟りながらの執筆だったのかもしれないが、決してそんな自分の病気の 感傷に陥ることは無い姿勢に感銘を受ける。
 「言葉の力」
 「言葉の力は、人生を変革してしまうだけの力を持っている」「言葉とは意味 である」「言葉の力は意味の力」では「意味とは何か?」と根源的な質問を畳み 掛けてくる。
 直線的な論理展開は読んでいてある意味快感であるが、反論を許さない冷徹さ も少し感じる。「言葉」から「意味がわかるとはどういうことなのか」へと話し がつながっていく。

 「死後は何処にあるのか」
 「死ぬということがあるから、生きているといえるわけで」、「生を知ろうと すると死とは何かを知る以外に知りようがない」、「何を持って死といい、何を 持って生といっているのかが不明なのだから、死後への言及は不可能」と著者は 述べている。
 孔子が論語の中で「未だ生きているということが、よく分からないのに、死後 のことなど分からん」と喝破したのと同じような考えに至っている。
 死があるから生がある。当たり前のことのようだが、目の前に突きつけられる と愕然とするが、結局、「生きているものが死後を考えるのは、生きている者の 思いに過ぎない。」全く論理的な結論だ。しょうもないことは考えるなというこ とだ。
 「死は怖いものか」
 「「死ねば何もなくなる」と思っているのならば、自分が無くなってしまえば 怖いということもなくなる。死んだらどうなるか「わからない」ことが怖いのだ と。」
 そのとおりなのだろう。どうなるか判らない不安が人を怖がらせるのだ。

 しかし、「変人道まっしぐら」のなかで、「自分が天才であることに気づいた のは22歳の時」「天才は同時代においては変人だった」と述べているが、自分は 天才である。と言い切って本に書いてしまう確信、勇気はすごい。普通はいえな いことだ。それほど著者にとっての普通と世間的常識にギャップがあったという ことなのだろう。

 そして池田晶子は、このエッセイを週刊誌に連載中、46歳で死去した。

 「さて死んだのは誰なのか」。
 著者の辞世の言葉だという。自分を客観視する視点がユーモアを感じさせ、自 分とは何か、存在とは何かを考え続けた池田晶子らしいものだ。

 誰が死んだのか、自分?自分とは何か? そんな問が聞こえてきそうだ。

 著者は1960年生まれ。私と同い年だ。著者は文学部哲学科。私は、学部は違う が同じ大学に同時期にいた。80年代、三田キャンパス。私は図書館で徒労な試験 のため時間を過ごしていた。図書館や学食ですれ違ったかもしれない。だが、女 性誌のモデルをやったという美貌の哲学科の女子大生とは、知り合える機会はな かっただろう。

 彼女は、言葉の力を信じ、多くの著書を残した。同い年の自分は、1冊の本も 出すこともなく、ただ年齢を重ねるのみかもしれない。ただ、今を、現在を、で きる限り生き、生きることを味わうということしかできない。大事なことは「今」 この瞬間でしかないのだ。


 安藤利貞  「家族・人生・スキー・日々」 ブログ、よかったらみて見てください 
          http://toshi-sumi-suzu.cocolog-nifty.com/4/



◆ 織田信吾   華やかな中国気功の世界(第3回)『達磨大師と禅宗』
    嵩山少林寺認定気功師師範、NPO法人日本少林寺武術気功連盟監事


 今回は嵩山少林寺の伝統を作り上げた達磨大師と禅宗についてご紹介しましょ う。
 達磨大師ほど皆さんに馴染み深く親しまれている仏教僧はいないのではないで しょうか? 皆さんもダルマ人形を小突き回して(!)遊んだ経験はありません か? 当選すると“ダルマ”人形に目を入れる様子は選挙の度に見られる光景で す。これほど有名であるにもかかわらず、不思議なことに達磨大師の歴史的な記 録はほとんど残っていません。
 
“ダルマ”という言葉は、サンスクリット語で「法」を表します。南天竺国(イ ンド)の王国の第三王子として生まれ、般若多羅の法を得てお釈迦様から数えて 仏教の第二十八祖菩提達磨(ボーディダルマ)になった、と云われます。
 西暦520年頃、達磨大師は海を渡って中国へ。当時中国は南北朝に分かれ、 南朝は梁が治めていました。梁の武帝は仏教を厚く信仰しており達磨大師をもて なした席で、仏教の功徳を尋ねます。達磨大師は「無功徳(功徳など無い)!」 と答えます。武帝は達磨大師の答えを喜ばず、達磨大師は梁を去り北魏に向かい ました。途中の川で、達磨大師は一枚の大きな葉に乗って川を渡ったという伝説 があり、掛け軸の題材としてよく描かれます。
速読のイメージ  達磨大師は同じくインドから来た僧の跋陀(ばっだ)を頼り、跋陀が開いた嵩 山少林寺で修行をします。皆さんご存知の“ダルマ”人形は、壁に向かって9年 間座禅をした為、手足が取れてしまった、という故事を元にして日本で作られ広 まったもので中国にはありません。達磨大師が座禅修行をした場所は山の中腹に あり、面壁九年の祠として公開されています。雪舟が描いた達磨大師の絵などに はかなり大きな洞窟が描かれていますが、実際に行って見てみると人間が一人座 禅出来る程度の小さな祠でした。
 禅宗の第二祖となった慧可(えいか)は雪の中で達磨大師を待ち、入門を求め ました。彼は自分の臂を切り取って決意を示したので、達磨大師は彼の入門を認 めたのです。慧可が達磨大師を待っていた場所には現在、立雪亭が建てられてい ます。達磨大師が、歴史的な事実が少ないにもかかわらず、禅宗の開祖とされて いるのは、この弟子の慧可の記録が残っているからです。この故事にならい少林 寺の師は弟子に対しては合掌せず片手だけ胸の前に持っていく礼をします。私達 の少林寺気功の練習の際にも師は私達に片手で礼をされます。
 この後も禅宗は一子相伝で弟子から弟子へ伝えられていきました。少林寺では 禅宗の法統だけではなく、武術や気功も弟子から弟子のみへと伝えられる伝統と なっています。
 伝説では達磨大師は他にも武術や観相学を少林寺にもたらし、禅の根本思想と 云われる四聖句「不立文字、教化別伝、直指人心、見性成仏」も達磨大師の作と 言われます。
 
 禅宗の基本的な修行法は座禅です。長時間座り続けるとやはり運動不足になり ます。少林寺で気功はそんな修行僧たちの運動不足を解消する方法として発達し ました。座禅である静気功に対して体を動かす気功は動気功と言います。少林寺 の動気功は単なる運動不足解消の方法だけではなく、それだけでも禅の修業とな り静気功(座禅)と相補い合いながら見性成仏へと至る修行法となったのです。 しかるにその動気功は秘伝とされ、禅宗の教えは布教されましたが、気功は少林 寺の外部に公開される事は無かったのです。
 
 次回は禅宗の基本修行である座禅(静気功)についてご説明しましょう。


  織田信吾  嵩山少林寺認定気功師師範、NPO法人日本少林寺武術気功連盟監事




WEBマガジン VOL.072
2008.08.18
メールマガジン第72号(2008.6.26)をベースとして作成
編集 : 今村洋一/リーディングフィールズ




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