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四国遍路日記 第4期 8日目 2003年3月13日(木)


 それにしても、7時半に眠るというのは僕の人生でもそうそうあるものではない。なんとか眠ったことは眠ったのだが、当然のように夜中の2時頃に起きてしまう。あとは寝たことは寝ていたが自分でもよくわからない状態。6時に昼食ということだったので、僕は5時に起きて着替える。同室の男性は4時にはもう布団から出ていたみたいだった。

 朝食はサバの塩焼き、漬物、ほうれん草の和え物、ご飯に味噌汁。あと卵があったのだが、生卵とゆで卵とで好きな方を選んで、というものだった。すごく嬉しい心遣いだと思えた。僕は旅先での生卵は苦手なので、ゆで卵を食べる。食べ終わって部屋に戻る前に、会計を済ませる。女将さんとちょっと話をする。前の日のお友達のお接待の関係になるのか、実はサービスをしてもらった。

 6時半ころから、少しずつ宿から出発していく。まだ外は薄暗い景色だった。ひんやりとした寒さがある。トレーナーは買ってからずっと来ているが、これが無かったらいくらなんでも無理だっただろう。市街地を超え、石鎚橋というところを超えると、どんどん山へと向かう景色へと変わっていった。

 数メートル毎に白衣の人達が歩いているというのは、面白いものだった。どちらかというと、今回の遍路の旅では僕はずっと一人で歩くことが多かった。けれどこの日に関しては、常に前か後ろに誰から見えるような状態だった。リュックを背負っていない人は大抵コンビニで買ったであろうビニール袋を持っていた。その袋の揺らしながら歩いている白衣の文字が印象的だった。

四国遍路の景色 四国遍路の景色 四国遍路の景色

 少し歩いたところで、65歳の男性と話をしながら歩くことになる。2回目の遍路になるのだという。毎日5キロほど歩いてこの遍路のためのトレーニングをしていたのだという。パソコンを使ったり、老人達の集まりの世話役をやったり何かと忙しいと嘆いていた。

 それにしても一緒に歩いていても、僕よりもずっと足腰がしっかりしている。この65歳の男性だけでなく、宿で一緒だった人とこの日は何度か一緒になったりもしたが、山登りなど僕が一番へこたれていた。情けないけれど、それが僕の実力でもあった。

 8時50分頃から遍路道へと入る。岩場のところもあったりする。とにかく慎重に歩く。上りが厳しくなるにつれて足が動かなくなってくる。四国遍路の中でも難所と言われているところである。今回の僕の旅の最後の頑張りどころだと言い聞かせる。ガイドブックに書かれている「所要2時間」というのを思い出し、時計を見てあとどのくらいかを確認する。しかし、山というのは、緩やかなところから始まり次第に急になっていくものだ。最初の旅での遍路ころがしを思い出す。焼山寺に向かうその遍路道は最後の最後がほんとうにきつかった。そのことを思い出し、最後まで気を緩めないように歩いていく。僕よりもずっとずっと年齢の上の人に何人も追い越させる。がんばれよ、と声を掛けてもらう。身体中汗びっしょりの状態だ。しかしこれからまだ先があるのかな、と思った頃に第60番横峰寺に着いてしまった。10時頃であった。

四国遍路の景色 四国遍路の景色 四国遍路の景色

 どうしても焼山寺のことが記憶にあるからなのか、大変ではあったが、それほどではなかったかなという印象だった。宿で一緒だった人はもう休んでいたりしている。車で来ている参拝者も何人もいた。晴れていてとても気持がいい。けれど、空気が冷たく次第に寒さを感じてくる。さっきまで汗まみれの身体だったのだ。驚いたことに、あちこちにまだ雪が残っていた。

 休憩するベンチがいくつもあった。参拝を終えたあと、しばらく座って休んでいた。歩き遍路の人で、僕よりも若い男性がいて、いくらか話をするようになる。彼は東京の大学生ということだった。

 そろそろ次へと出発をと思っていたのだが、見晴らしのいい場所があるという話を他の人がしていた。そこから戻ってきた人もいた。もう少し登ったところに、星の森という名前の付いている場所があるのだという。Kさんなどは、そこへ向かっていった。少しばかりどうしようか迷ったが、この時間に横峰寺にいるということはこの日はいくらか余裕があるようにも感じられ、星の森に行ってみることにする。

四国遍路の景色 四国遍路の景色 四国遍路の景色

 距離的には0.5キロほど。しかし、しかし疲れた足にこの登りはやはり厳しいものだった。そしてそれ以上に冷たい空気がこたえた。高い木の中を通り少し曲がると広い場所があった。突然のように青い空が目に入ってきたような感覚だった。3人ほどがすでにその場所にいて、遠くの山を見ていた。小さな鳥居のある場所が、星の森というところだった。

 そこから見える景色を言葉で表現するのは難しい。高い山が無いかのような印象の四国だったのに、白く雪の被った山が雄大に聳え立っている。そしてこの星の森という場所は、その山を見るのに最高の場所なのだろう。

 Kさんがその山の説明をしてくれる。恥ずかしながら僕は全く知らなかったのだが、その山は四国の最高峰の石鎚山という。札所ではないが、この石鎚山は四国山岳道場の中心地であり、その山に登る人はとても多いとのこと。Kさんも登ったときがあるのだという。山頂のところは、狭く厳しいところなのだが、指であの辺なんだと指差してくれた。

 他の3人が降りて行ったあとも僕はひとりでしばらくこの場所に残っていた。四国の中でも、いや日本の中でもこの場所は特別なところなのだろう。この星の森という場所のすぐ近くに泊まるようなところはない。難しいとは思うが、ここで夜、星を見たらどんなにきれいだろうかと考え、頭の中にその夜空を思い浮かべようとしてみた。

四国遍路の景色 四国遍路の景色 四国遍路の景色

 11時頃にこの場所を離れ、次の第61番香園寺へと向かう。山の遍路道を9.3キロほどの道のりとなる。

 山を降りるにしたがって、少しずつあたたかくなってくる。天候は快晴そのもの。遠くの景色まで見ることができる。歩いていて、楽しいと感じられる道だった。単なる下りというだけでなく、昨日の上りと比べて道がゆるやかな状態だった。

 ときおり誰かと一緒になったりする。たぶん、5分か10分くらいの前後を誰かが歩いているような状態だったのだと思う。それぞれの歩く速度、休憩によって、前に行ったり、後になったりということを繰り返していた。例えば、少し休憩して腰を降ろして山の景色を見渡している。この自然の中に僕はひとりなんだ、なんてことを考え少し感慨深くなっている。そうすると、後ろから人がきて、こんにちはと言葉を交わすといった状況だった。

四国遍路の景色 四国遍路の景色 四国遍路の景色

 この遍路道の半分くらいだったと思う。反対側から歩いてきた人がいた。たかの子温泉で同じ宿になり翌日道後温泉のところで一緒になった80歳は超えているであろうおじいさんである。ひとりではなく、若い女性と一緒だった。おじいさんの表情は晴れやかだった。街中よりも、こうした遍路道の方が落ち着いて歩けるのかもしれない。明るく挨拶をしてすれ違う。後から他の人に聞いたところによると、いくらかゆるやかなこの香園寺から横峰寺に登っていくコースにしていたのだという。若い女性はお孫さんだったとのこと。

四国遍路の景色 四国遍路の景色 四国遍路の景色

 午後1時15分頃、第61番の奥之院というところを通る。この辺りから朝一緒に歩いた65歳のおじいさんと一緒に話をしながら歩く。ウインドウズの話など、なぜかパソコン関係の話をしていた。

 道を歩いていた地元のおばさんに道を聞き、香園寺へと到着する。1時50分頃だった  どこかに少し変わった寺があるということは聞いていた。けれどそれが香園寺だとは知らなかった。鉄筋コンクリートのホールといった感じの建物である。本堂は建物の2階にあり、靴を脱いでスリッパに履き替える。とても立派な建物ではあったのだが、ちょっと首をかしげる人もいたようだった。でも、八十八箇所もお寺があったならば、こういう場所があってもいいのかもしれない、とも思えたのだった。お寺全体がきれいだし、とても考えられた統一感のようなものはあった。

 奥之院から一緒に歩いていたおじいさんは、ここの宿坊に泊まるのだという。別れの挨拶をする。他にも何人か泊まる人はいるようだった。

四国遍路の景色 四国遍路の景色 四国遍路の景色

四国遍路の景色 四国遍路の景色 四国遍路の景色

 僕はベンチに座り遅めの昼食を取る。前の日に買っていたパンを食べる。そして、翌日の宿の予約をする。今回の旅の最後の予約になる。JR伊予土居駅の近くに3軒ほどの宿があるが、ちょうど僕が座っていたベンチに広告の出ていた、松屋旅館というところに予約を入れた。

 実はこの時点でも今回の旅の終わりを決めかねていた。このJR伊予土居駅というのはすぐ近くに札所があるわけではない。もう1日歩けば第65番の三角寺に行けるが。その日の夜には東京に帰ってなければならない。どこで旅を終えるかは、次の最後になるであろう遍路の旅とも関係することだった。第88番大窪寺、そしてお礼参りの第1番霊山寺まで行くことを考えたなら、よく検討したわけでないが7日から10日は掛かると見るべきだろう。次の休みが何日取れるかわからない今としては、最後の旅は日数的にギリギリになりそうな雰囲気。半日でも先まで歩くだけで、かなり大きな違いになるのかもしれない。そうしたわけで、JR伊予土居駅まで行ってここを区切りとしてもいいかと考えていたのだ。

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 ここで東京から来たという大学生と少し話をする。彼は通し打ちで、宿には泊まるが素泊まりでできるだけ食事は弁当を買ったりして安く済ませているのだという。

 2時40分頃に歩き出す。あとは歩くといっても1.5キロほど。少し歩いた橋のところで、栄家旅館で一緒だったスケッチをしながら歩き遍路をしている女性と会い少し話をする。彼女はこの日、帰るということだった。スケッチ帳を少し見せてもらった。特別なものではない、歩いていてふと見渡す風景が繊細なタッチで書かれてあった。

 街中の道を歩き、3時10分頃に第62番宝寿寺に着く。小さいけれど、きれいなところだった。

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 この日はほんとうによく晴れていた。ここで宿に入ってしまうのはもったいないような気もしたが、さすがに疲れていた。風呂に入り横になりゆっくりしたいという気持があった。すぐ近くにあるであろうこの日の宿を探す。宿の入り口くらいに来たときに、ちょうど東京の大学生歩き遍路のRくんが向こうから歩いてきたところだった。「この先を曲がったところに肉屋さんがあるのでそこに行ってください」と教えてくれる。良くわからずに、教えてもらった肉屋さんに行き自分の名前を告げる。驚いたことに、この日の宿である「ビジネス旅館小松」の受付はこの肉屋さんだった。まだ到着していない人のいくつかのリュックが置かれている。前の日の栄家旅館で泊まっていた人のものだ。大きなホワイトボードがあり、宿泊客の名前が書かれていた。部屋の番号を教えられ、まだわからないが後から相部屋の人が来るかもしれないから、と言われる。基本的にあまり使っていない部屋だということ。

 肉屋さんから宿へと戻る。3時半頃だった。部屋は使ってないような雰囲気でもなく、きれいでとてもいいところだった。結果として僕ひとりでこの部屋に泊まることになる。3、4人分は布団が引けるような広さがある。けっこう快適だった。少し休んで、お風呂に入る。お風呂はひとり用で、宿に早く着いた人から順番に次の部屋の人に教えてあげるというようになっていた。

 お風呂から上がっても夕食まではまだ時間がある。持って来ている文庫本は既に読み終わって2回目の読み返しになっていた。部屋にマンガ本があったので、それを見て時間を過ごす。この部屋では長い時間があった。でも、こんな風にゆっくりと部屋でぼんやりと過ごすようなことはあまり無かった。

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 6時過ぎに夕食になる。食堂は畳の部屋だが、けっこうな人がいるようである。座ってくださいと言われた席には、鍋が置かれかなり豪華な食事が並んでいた。他のところの食事は全く別の料理が置かれている。Kさんと、Tさんという人が別の席でお酒を飲みながら語り合っていた。どうやら、料理が2種類に分かれているのは、今日の泊り客と仕事で長く泊まっている人との違いのようだ。工事か何かの仕事なのだろうか、服装も浴衣ではないし慣れている感じで食べていた。それにしても、豪勢な料理だった。鍋は豚しゃぶ、馬刺しなんてものもあった。肉屋さんらしい料理が山のように並んでいたのだった。宿泊に2食付きで5250円という値段なのだが、どう考えても採算が取れないのではと心配してしまうような料理だった。このボリュームの料理も美味しく入ってしまう。ほんとうに嬉しい夕食だった。

四国遍路の景色 四国遍路の景色 四国遍路の景色

 ここでKさん、Tさんと長く話をする。Kさんは定年退職してからの毎日の生活について話をしてくれた。身体を動かすのが好きなために、水泳をしたり走ったり、いろいろな行事があり何かと忙しいと言っていた。あと焼酎が好きでいかに身体によく素晴らしい飲み物であるかを語っていた。Tさんは、四国以外の霊場などにも行っているようであちこちの場所についての話をしてくれる。この2人とはお札も交換した。

 今回の旅では、夕食を食べながら他の遍路の人とゆっくりと話をすることはあまりなかった。僕は酒を飲まなかったが、酒を飲むような雰囲気で話ができたのは嬉しいことだった。

 かなり長い時間、8時くらいまで話をしていたと思う。9時くらいに眠りにつく。


◎ 第4期 8日目:約27.8キロ / 2003年3月13日(木)
◆ 第60番 横峰寺
◆ 第61番 香園寺
◆ 第62番 宝寿寺
◇ 昼食:前日に「そごうマート」にて購入したパン 264円
◇ 宿泊:ビジネス旅館小松 5250円





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