四国遍路日記 第3期 1日目 2002年10月18日(金)
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小豆島を走っている頃だっただろう、車内に外からの光が入ってきた。高知まではまだ距離があるが、東京からは離れたんだなと実感する光だった。まだ寝ている人もいるので、完全に窓を開けるというわけにはいかないが、カーテンを軽く開けて外を見ている人もいた。
僕はもうひと眠りしようとして、ぼんやりとしていた。いよいよ四国なのだという気持ちと、少しでも身体を安めなければ、という2つの気持ちが入り混じる。
朝7時40分の少し前に高知駅前に着く。約半年ぶりになる光景。まずは高知駅から窪川駅までのJR線のチケットを購入する。出発時間をチェックして、朝食を食べる。「ジョイフル」という駅の喫茶店で和風のモーニングを食べる。おにぎり2個、ゆでたまご、サラダ、飲み物は紅茶を注文する。おにぎりは、ふりかけと海苔というシンプルというか、やや残念なものだった。バスで疲れていて、パンよりもご飯を食べて元気になりたい、という気持ちがあったのだが。
特急あしずりは3両編成全てが自由席。シンプルな良い雰囲気の車両だった。四国で乗る列車は東京とはまた違った雰囲気がある。コンパクトな感じがあるからだろうか、外の景色がのんびりとしているからだろうか。新幹線などでにはない、昔子供の頃に乗った「汽車」というものの感じがして心地よいものがある。
9時23分に窪川駅に着く。降りる人は何人もいたのだが、改札の前にトイレに行っていると、もう既に駅は誰もいないような状態になっていた。かりにも特急の停まる駅なのだが、ほんとうに静かだった。微かな記憶を元に岩本寺へと歩く。駅前の商店街には昔よくあったようなラーメン屋さんがあったりする。時間さえ合えば入ってみたいような店なのだが。この窪川の街は、宿もいくつかあり、スナックなどもあるようで、ちょっとした温泉街といった雰囲気もあるように思える。
第37番岩本寺でお参りをする。線香とロウソクはここで使えば、あとは4日後になる。遍路の旅でありながら、今回はあまり多くの寺はまわらない。売店で白衣を買う。前回は着ないで歩いたので、今回は新しいので歩こうと思ったのだ。実はこの売店には人がいなかった。大きな声で係の人を呼んだのだが、誰も出て来てくれない。前回の旅で泊まったところでもあるので、食堂の方を通り納経所の方まで行き、係の人に来てもらいようやく白衣を買った。
白衣を着る。やはり新しいものは気持ちも引き締まる。靴を脱いで裸足になり、マメ対策のテーピングをする。ようやく旅の始まりという気持ちになってきた。けれど、のんびりとはしていられない。これからのことが何も決まっていないのである。まずは、お昼過ぎまでどんどん歩き、自分の調子を確認し、この日どのくらいまで歩けるかを把握して宿の予約をしなければならない。少しばかり緊張する。
10時10分、岩本寺を出発した。
国道56号に入るとあとはただひたすら歩くだけ。とりあえずは10キロ歩こうと目標を定める。国道なので、車がどんどん走る道ではあるが、快調に歩くことができた。今回の旅も事前の歩く練習みたいなものは特になかった。せめて、一日に20キロくらいでも歩いていればいい練習にはなると思うのだが。
黄色いコスモスがとても多い。きれいだった。やっぱり四国を歩くのはいいものだと、嬉しい気持ちになる。田畑があり、山がある。当たり前の景色を、ただ歩く。途中ちょっとした小山があった。芝生の状態になっている。遠くから白いものが見えていたのだが、近くに来てみるとそれは牛だった。牛の広い牧場というのは、こんなふうになっているのか。いくつかの景色をどんどん通り過ぎて行く。沿道に店などはない、山の中の通りへと入る。当然のように歩いている人などは自分ひとりしかいない。ひとりでいることを寂しいとも思わないし、とても自然なことだと感じることができる。昨日までは東京にいたのかと考えると不思議である。ほんの24時間で、こうやって別の日常の中にいることができる。
ほんの少しの思い切りで、実は何処にでも行くことができるのかもしれない。
ほぼ10キロ歩いたところ、12時40分くらいに食事を取ることにする。地図ではうどん店と書かれていたが、「佐賀温泉」というところにはちゃんとしたレストランのようなところがあり、ここで食事を取ることにした。750円の日替わり定食を注文する。鰹の叩きがある。高知にいることを感じ、嬉しい気持ちになる。他にも天麩羅、冷奴、和え物、里芋の煮物、コーヒーが付くという豪華な定食だった。この佐賀温泉というところは宿泊も出来るようだった。また、泊まらなくてもこの温泉に入って食事をしたりゆっくり休むというクアハウスのような雰囲気のところでもあった。
1時25分くらい。出発しようとレジで会計をする。たぶんここのご主人だろうか。少し話しをする。どこまで行ったらいいかなど聞いてみると丁寧に教えてくれた。僕の1時間ほど前にも歩き遍路の人がいたということだった。最初は中村まで行った方がいい、みたいなことを言われたのだが、僕はまだこの日が初日であまり無理はできない、ということを言うと近場に何件も宿があり、今の時期はどこでも泊まれるだろうと教えてくれた。この日の歩く距離から考えれば、いくつか宿はありそうなのでもう少し歩いてから決めることにする。
足の方は問題なく、どんどん歩くことができた。ときどき写真を撮るために立ち止まったりもしたが、ほとんど休むことなく歩いた。
この日歩き出した頃には、20キロほど歩いたところにある佐賀町あたりに泊まろうかと思っていたが、もう少し先まで歩けそうだ。少し時間は遅くなるかもしれないが、この日できるだけ先に行けばあとが楽になると思い、30キロほど先の民宿に予約の電話を入れることにする。公衆電話がなかなか無くすぐに電話ができなかったのだが、3時30分くらいに予約完了。ひと安心。予約のときに、6000円と7000円とどちらがいいかと尋ねられた。料理によって違うのだそうだ。せっかく四国に来たのだ。初日でもあり、自分の頑張りのご褒美にしようと7000円の方を頼む。
左手には太平洋が広がっている。小さな港町を過ぎたところには、芝生のある公園もあった。天気は少しどんよりとしていた。この四国の道にとって海があることは特別なことではない。驚嘆するような自然の姿でもない。普通にそこにある。
さすがにけっこう疲れてきた。宿が近いと思われる小さな街を歩いていた。原付に乗ったおばちゃんが声をかけてきた。「海坊主さんに泊まるんですか?」と。海坊主というのは僕の予約した民宿である。僕はキョトンとしている。このおばちゃんは、民宿海坊主で働いているのだという。歩き遍路の予約が入っていたので僕ではないかと声をかけたということだった。
5時30分にようやくこの日泊まる「民宿海坊主」に着く。一見、海辺のドライブインのよう。とてもきれいな外観だった。受付に宿帳を記入し、2階の部屋へ。「お風呂は?」と聞くと各部屋にあるということだった。部屋への扉を開けてびっくり。民宿というよりは、ホテルのよう。机は仕事ができるようなタイプ、部屋は畳だが雰囲気は洋風。ユニットバスになっているのだが、きれいで広く、湯船は横になって入れる広いもの。
そして何よりも素晴らしいのは、窓からの景色。窓の外にはちょっとした庭があり、ほんの数メートル先は海である。この時間は残念ながら暗くなりかけていたので、その景色を十分に楽しむことはできなかったが、どんな一流ホテルにも負けないようなオーシャンビューだった。
お風呂はほんとにきれいで入るのがもったいないような雰囲気だった。湯船にそのまま寝そべることができ、とてもゆったりとできた。
6時30分から下の食堂で夕食をとる。定番ともいえる、鰹の叩き、タコの和え物、筍の煮物、海老の半身ボイル、魚のフライ、サラダ、枝豆、ブドウ、お新香、ご飯に味噌汁。こんなに新しくきれいで眺めの良い部屋で、こんなに美味しいものを食べてこの値段でいいのだろうかと思った。
僕の他に客は3組くらいだったろうか。隣では4人の家族がいた。夫婦と娘とおばあさん。会話がついつい僕の耳に入ってくるわけだが、幸せそうな家族だった。奥の席に座っている夫婦の料理は舟盛りがあった。
部屋に戻り、この日の行動を振り返る。地図を見て、翌日のコースを検討する。
この部屋にはテレビがあったのだが、一度も付けることはなかった。戸を開けて、海の音を聞く。ザザザザという波音が心地よい。けれど、自然というものは良いことばかりではない。蚊などの虫が入ってきてしまい、ちょっとばかり大変な思いをする。
冷蔵庫からジュースを取り、1本だけ飲んだ。冷たく気持ちがいい。
9時か10時か、けっこう早い時間に布団に入った。途中で起きることなく、ぐっすりと眠ることができた。
◎ 第3期 1日目:約30キロ / 2002年10月18日(金)
◇ 朝食:「ジョイフル」モーニング 500円
◇ 昼食:佐賀温泉 日替わり定食 750円
◇ 宿泊:民宿海坊主 7000円
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